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夏目漱石「こころ(上 先生と私 1-12)」の心に残る印象的な名言・名場面集【動画あり】

「こころ」は、名言や印象的なシーンが多い作品として知られています。

この記事では、私が読んでいて印象に残ったセリフやシーンを紹介します。 

「上 先生と私」のあらすじや登場人物についても解説していますので、「どんな話だったかな?」という方は、そちらもあわせてご覧ください。

動画で「こころ」を楽しむ

「こころ」は、動画でもお楽しみいただけます。波の音と朗読を合わせていますので、睡眠導入用にお使いいただくことも可能です。

以下の目次で、好きな箇所から読むことができます。

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先生と私の運命的な出会い

「こころ」上 先生と私 (1-3)のあらすじと、私が好きな場面をご紹介します。

あらすじ

「こころ 上 – 先生と私」は、「私」という青年が「先生」の記憶をたどるところから始まります。

「私」と「先生」は、ある夏の日、鎌倉の海水浴場で出会いました。

「私」が海水浴に来た海岸で、一際目を引く人物に気づきます。それは、猿股(海水パンツ)だけを身につけた西洋人でした。

当時の海水浴の服装は現代とは異なり、肌の露出が少ないものでした。上半身裸の西洋人の姿は非常に珍しく、「私」は注目します。この西洋人と一緒にいたのが、後に「私」が「先生」と呼ぶことになる人物でした。

「私」は最初、この西洋人に興味を持ちましたが、次第に彼に付き添っていた日本人の紳士、つまり「先生」にも関心を抱くようになりました。それは、「先生」がどこかで出会ったことがある人のように思えたからです。

「私」は、「先生」に会えたらいい、という淡い期待を抱いて、それから何日も海水浴場に足を運びました。最初に見かけた西洋人はおらず、「先生」は一人で泳いでいます。話しかけるきっかけがほしかった「私」は先生の後を追いますが、先生はまるで私を避けるように去っていくのでした。

「私」と「先生」の本格的な関係の始まりは、掛茶屋(着替え所)でのちょっとした出来事がきっかけでした。「先生」が着替えているときに、眼鏡が床に落ち、「私」がそれを拾ったのです。それから二人は言葉を交わすようになります。

名言・名セリフ・名場面

広い蒼い海の表面に浮いているものは、その近所に私ら二人

広い
あお
い海の表面に浮いているものは、その近所に私ら二人より
ほか
になかった。そうして強い太陽の光が、眼の届く限り水と山とを照らしていた。私は自由と歓喜に
ちた筋肉を動かして海の中で
おど
り狂った。先生はまたぱたりと手足の運動を
めて仰向けになったまま
なみ
の上に寝た。私もその真似
まね
をした。青空の色がぎらぎらと眼を射るように痛烈な色を私の顔に投げ付けた。「愉快ですね」と私は大きな声を出した。

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

顔見知りになった二人は、海の中へ飛び込み一緒に泳ぎます。先生は「私」を避けたかったのか、どんどん岸から離れていきます。それでも、ついには後ろを付いてくる「私」に降参するように、振り返ります。砂浜から大分離れたようで、そこには先生と「私」の2人しかいません。青い海、ギラギラ眩しい太陽の下、仰向けになって寝る二人の姿が想像できます。「こころ」の場面の中で、一番優しく心が温まる、最も美しいシーンです。

「先生は?」

先生と掛茶屋
かけぢゃや
で出会った時、先生は突然私に向かって、「君はまだ大分
だいぶ
長くここにいるつもりですか」と聞いた。考えのない私はこういう問いに答えるだけの用意を頭の中に蓄えていなかった。それで「どうだか分りません」と答えた。しかしにやにや笑っている先生の顔を見た時、私は急に
きま
りが悪くなった。「先生は?」と聞き返さずにはいられなかった。これが私の口を出た先生という言葉の始まりである。

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

物語の中で「私」は、冒頭部分から一人の男性のことを「先生」と呼び続けています。
「先生」と呼ばれる職業は色々あります。「こころ」に出てくる「先生」は、なんの先生なのでしょう?
その疑問は、この場面で判明します。「年長者に対する口癖」と「私」は言いますが、本当の理由は曖昧なままです。「あなたは?」「おじさんは?」ではなく、「先生は?」と返したことに、「私」が先生と親しくなりたいという思いが込められているのではないか、と私は感じています。

先生と私の再会、そして雑司ヶ谷の墓

「こころ」上 先生と私 (4-7)のあらすじと、私が好きな場面をご紹介します。

あらすじ

「私」は夏休みの数日間を先生の避暑地で過ごしました。共に時間を過ごすうちに、東京に戻る頃には先生と親しくなれたように感じていましたが、先生の態度にはどこかよそよそしさがあり、それが違和感として残りました。

別れ際に「東京に戻った後、家に伺ってもいいですか」と尋ねたものの、先生の返事はそっけなく、「私」は傷つきました。それでも「私」は、先生との間にある壁を感じながらも、その関係を続けていきたいと思ったのです。

夏休みが終わり、学校が始まって一か月が経った頃、「私」は突然先生に会いたくなり、先生の家を訪れました。しかし、先生は不在で、奥さんから「雑司ヶ谷の墓地に行っている」と教えられます。淡い期待を抱きながら雑司ヶ谷へ向かい、そこで先生の姿を見つけました。

「先生!」と思わず大声で呼びかけると、先生はゆっくりと振り返り、「どうして……」と繰り返しました。その表情には、曇りがかった影が差しており、何か重いものを抱えているようでした。

奥さんから行き先を教えてもらったことを伝えると、先生は「誰の墓か、妻が言いましたか」と尋ねました。私がそのことについては何も知らないと答えると、先生の曇った表情が次第に和らいでいくように見えました。

「私」が何気なく「どなたの墓ですか」と尋ねると、先生は「友達の墓」とだけ答えました。しかし、それ以上のことは語ろうとせず、その言葉の裏には何か深い過去が隠されているように感じられました。

名言・名セリフ・名場面

「どうして……、どうして……」

私はその人の眼鏡の縁が日に光るまで近く寄って行った。そうして出し抜けに「先生」と大きな声を掛けた。先生は突然立ち留まって私の顔を見た。

「どうして……、どうして……」

 先生は同じ言葉を二遍繰り返した。

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

このシーンの「どうして」という言葉には、先生の内面に秘められた「警戒」「恐れ」「驚き」が交錯し、複雑な感情が込められているように感じられます。

「どうして……」の後に続く言葉を想像すると、先生の心の中では次のような葛藤が渦巻いているのではないでしょうか。

「もう会うことはないと思っていた君に、こんなところで出くわすとはどういうことだろう。まさか後をつけられていたのか?私の秘密を暴きに来たのか?私がここにいる理由を、私の過去を、そのすべてを……私は誰にも話したくない。逃れられない罪を、他人に見透かされる日がついに来たのか?」

先生は自身の過去に深い罪悪感を抱いており、その過去が他人に知られることを何よりも恐れています。「私」が先生のプライベートに突然踏み込んできたことで、先生の心には「驚き」とともに秘密を暴かれるかもしれないという「恐れ」と私に対する「警戒」が生じたのでしょう。

この「どうして」という言葉は、ただの疑問表現ではなく、先生の内心の動揺と防衛本能が入り混じった特別な意味を帯びているように思います。

「あなたは死という事実をまだ真面目に考えた事がありませんね」

私が丸い墓石はかいしだの細長い御影みかげだのを指して、しきりにかれこれいいたがるのを、始めのうちは黙って聞いていたが、しまいに「あなたは死という事実をまだ真面目まじめに考えた事がありませんね」といった。私は黙った。先生もそれぎり何ともいわなくなった。

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

このシーンでは、「死」に対する「先生」と「私」の温度感の違いが明確になります。

突然現れた私に対して、「先生」が警戒しているような異様な様子を感じた「私」は、その場の空気を変えようとします。墓に刻まれた名前の読み方を先生に質問したり、色々な形の墓石を指さし興味を示したり…。ところが先生には逆効果で「あなたは死という事実をまだ真面目に考えた事がありませんね」と返されてしまいます。

「先生」はなぜ、そんな言葉を返してきたのか。

それは、先生自身が「死」に対して、深い思索を重ねてきたからです。物語の序盤であるこの段階では、その「深い思慮」については触れられていませんが、後半の「先生の遺書」編を読むと、その部分がだんだんと明らかになってきます。

先生は「私」と同じくらいの年齢だった頃に両親を亡くし、その後親友も亡くしています。身近な人の死を経験しているからこそ、一つ一つの墓が故人の生と死の重みを象徴する尊いものであることを知っているのです。
それに対して、おそらく「私」は、まだ身近な人の死を経験していません。そのため、墓を指して楽しく質問するという行動が自然にできてしまうのでしょう。

そこに先生は違和感を覚え、「あなたは死という事実を…」という冒頭のセリフにつながるのです。

人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、――これが先生であった。

人間を愛しる人、愛せずにはいられない人、それでいて自分のふところろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、――これが先生であった。

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

「こころ」という作品の序盤(上4)では、「先生」が既に亡くなっていることが明らかになります。

実はこの物語は、主人公「私」が先生の遺書を読んだ後、その内容を基に先生との過去を語るという形式で展開します。物語を最後まで読むことで、特定のセリフやシーンの深い意味が初めて理解できる構造になっています。

「人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人」という評価も、その一つです。「私」が先生をこのように評した背景には、先生の「奥さんに恋した過去」があることを知ったからです。

遺書の中では、先生が恋をする過程で、友人を深く傷つける出来事が描かれています。友情よりも恋愛を選んだ。「私」と出会った頃の先生は、人との関係を深めようとはしませんが、かつては「人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人」だったわけです。

「私」は遺書を通して、先生が抱えていた葛藤や矛盾を理解します。

先生は人間を愛さずにはいられない一方で、その愛がもたらした「悲劇」に対して深い恐れと責任を感じています。先生が「懐に入ろうとするもの」を抱き締められないのは、友人を裏切った罪悪感や自己嫌悪など、亡き友に関するネガティブな感情が、人と深く結びつくことを妨げているからです。

その結果として、先生は孤独を選び、他者との距離を保つ生き方をするようになりました。

本当は人を愛したい。でもかつての経験がそれを許さない。

「先生」自身の内面には、そうした葛藤が渦巻いているのでしょう。それがよく現れている一文だと感じます。

これより下は編集中です

「私は墓参りに行くんで、散歩に行くんじゃないですよ・・・(中略)自分の妻さえまだ伴れて行った事がないのです」

「私は墓参りに行くんで、散歩に行くんじゃないですよ」
(中略)

「じゃお墓参りでも
いからいっしょに
れて行って下さい。私もお墓参りをしますから」
(中略)
「私はあなたに話す事のできないある理由があって、ひとといっしょにあすこへ墓参りには行きたくないのです。自分のさいさえまだ伴れて行った事がないのです

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

先生が、「私」に対して自分の心の内を少し明かします。墓参りに一緒に行きたくない「ある理由」があるというのです。自分の妻でさえも墓参りに連れて行ったことがないほどに、先生が抱える「秘密」が非常に重大で個人的なものであることがうかがえます。

「私は淋しい人間です」

「私はさびしい人間です」と先生がいった。「だからあなたの来て下さる事を喜んでいます。だからなぜそうたびたび来るのかといって聞いたのです」

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

ここでは、先生が「私」が会いに来ることについて「喜んでいる」と自分の内心を素直に打ち明けます。先生が「私」に頻繁に訪れる理由を尋ねたのは、その訪問が「私」にとってどれほど意味があるかを確認したかったからなのかもしれません。この台詞は、先生の孤独感と彼が他人との関係に渇望していること、同時に「私」への信頼と彼とのつながりを大切に思っている先生の気持ちも伝わってきます。

「私は淋しい人間ですが、ことによるとあなたも淋しい人間じゃないですか。」

「私はさびしい人間です」と先生はその晩またこの間の言葉を繰り返した。「私は淋しい人間ですが、ことによるとあなたも淋しい人間じゃないですか。私は淋しくっても年を取っているから、動かずにいられるが、若いあなたはそうは行かないのでしょう。動けるだけ動きたいのでしょう。動いて何かにつかりたいのでしょう……」

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

このセリフは、前の章のシーンの続きです。

先生は、自分に頻繁に会いにくる「私」のことも、「実は孤独な人間なのではないか」と感じ取っています。しかし、年齢の違いにより、その孤独への接し方が異なることを指摘するのです。年齢や経験の違いによる世界観の違いから、二人の関係の複雑さを表現しています。

「君、私は君の眼にどう映りますかね。強い人に見えますか、弱い人に見えますか」

「そういうと、夫の方はいかにも心丈夫のようで少し滑稽こっけいだが。君、私は君の眼にどう映りますかね。強い人に見えますか、弱い人に見えますか
中位ちゅうぐらいに見えます」と私は答えた。この答えは先生にとって少し案外らしかった。先生はまた口を閉じて、無言で歩き出した。

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

このやりとりから、先生は、自己の強さと弱さについて複雑な思いを抱いていることがうかがえます。「中位に見えます」という主人公の率直な答えは、彼が先生に対して正直であると同時に、先生を完全に理解しているわけではないことを表しています。先生と「私」の関係性の複雑さを感じさせる場面です。

「もう遅いから早く帰りたまえ。私も早く帰ってやるんだから、妻君のために」

「もう遅いから早く帰りたまえ。私も早く帰ってやるんだから、妻君さいくんのために」
 先生が最後に付け加えた「妻君のために」という言葉は妙にその時の私の心を暖かにした。私はその言葉のために、帰ってから安心して寝る事ができた。私はそのも長い間この「妻君のために」という言葉を忘れなかった。

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

このシーンでは、先生が自分の妻に対して持つ配慮や愛情を示していると同時に、「私」にも自分の生活を大切にするよう促しています。先生自身の内面とその複雑さ、彼の人間関係に対する考え方を理解する上で重要な手がかりとなっています。

「私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。」

私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。さい以外の女はほとんど女として私に訴えないのです。妻の方でも、私を天下にただ一人しかない男と思ってくれています。そういう意味からいって、私たちは最も幸福に生れた人間の一対いっついであるべきはずです」

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

先生が自分と妻の関係について語る部分です。二人が非常に深い絆で結ばれており、お互いにとって特別な存在であることを示しています。しかし同時に、「一対で”あるべき”」という表現から、先生の内面に潜む複雑さや矛盾もうかがい知れます。この時に語られた幸福感とは裏腹に、先生が孤独や苦悩を抱えている様子が物語の中では描かれています。外側から見れば理想的な関係であっても、その内面には解決されない問題や感情が存在することを表現する一文です。

「しかし……しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか」

「君は今あの男と女を見て、冷評ひやかしましたね。あの冷評ひやかしのうちには君が恋を求めながら相手を得られないという不快の声がまじっていましょう」
「そんなふうに聞こえましたか」
「聞こえました。恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。しかし……しかし君、恋は罪悪ですよ。わかっていますか
 私は急に驚かされた。何とも返事をしなかった。

夏目漱石「こころ」より – 青空文庫

このシーンでは、先生が「私」の感情を鋭く洞察します。「私」の他の男女への冷やかしの評価に、その背後にある恋愛に対する不満やフラストレーションを見抜いています。

更に、先生は「恋は罪悪ですよ」という衝撃的な言葉を投げかけます。「私」は驚くと同時に、先生が抱える恋愛にまつわる「何か」の存在に気づき始めます。

「こころ 上 先生と私」の登場人物

この物語の語り手。東京の学校に通っている書生。暑中休暇中、鎌倉の海で先生と出会い、強く惹かれていく。 

先生

新潟県出身。大学出であるが、仕事に就かず、東京に妻とひっそり暮らしている。静か。近づきがたい不思議がある謎めいた人。奥さんとは、時々音楽会や芝居、旅行に行くほど仲がいい。「私」から「先生」と呼ばれている。 

先生の奥さん

名前は、静。東京出身。美人。父は鳥取かどこかの出身で、母は江戸の市ヶ谷出身。先生が書生時代に出会った。 

まとめ

この記事では、朗読作品の「読み手」として私が感じた夏目漱石「こころ」の名セリフ・名場面について解説しました。

「こころ」の上では、先生が抱える重い過去のできごとについて、「私」が少しずつ迫ってくという内容になっています。その過程で、たくさんの印象に残るセリフやシーンが登場します。

紹介したいものはまだまだたくさんありますので、少しずつ追加していこうと思っています。

「こころ」については、朗読したものをYouTubeで公開しています。音声で聞きたい場合には、ぜひ以下の動画もご覧ください。

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